『デューン砂漠の神皇帝』 フランク・ハーバート  矢野徹訳 早川

GOD EMPEROR OF DUNE

砂丘の子供たち」から3000年後、アラキスは既に砂の惑星デューンではなかった。

人工降雨により緑の惑星へと改造されていた。

そして人類を導く為に人間以上の存在になる必要を感じたレト二世は、

巨大なサンドウォームと化し、3000年もの間、銀河帝国の皇帝として治世を続けていた。

テレパシーと透視能力を持ち、熱線銃さえ受けつけない不死身の砂虫の肉体を持つレト二世は、

神皇帝と呼ばれていたが、超存在と化したレト二世であっても、

暗殺を企む勢力はたびたび実力を行使してきたが、すべて失敗に終わっていた。

宿敵イックス人はレト二世の超能力をシールド出来る無の空間を作り出し、

その中で恐るべき最終兵器の開発に成功した。

いったんこの兵器が発動したら、レト二世の破滅は必至である。

メランジの倉庫がどこにあるのか不明なのに、

核兵器は威力がありすぎて無意味である。

たとえ核であっても砂虫を殺せる保障はない。

レト二世に治世を出来なくさせる核以上の有効的最終兵器の名は、「フウイ・ノレエ」、

レト二世と相思相愛になるべく研究され人工授精されレクチャーされたハイパークローン人間である。

レト二世が攻撃不可能な恐るべき理想の女がやってくる!

レト二世は人類の未来よりもたった一人の女を選択してしまうのか?

愛が銀河を破壊する!

恋人たちが戦争を巻き起こす!

巻を重ねるごとに面白くなるデューンシリーズ。この第四部は最高である。
が、冷静に考えれば、デューンはSFとしても小説としてもメチャクチャ凄い!

というわけではない。それでもデューンはSFファンの座銘の書である。

何故ならばデューンには真実が書かれているから。

真実とは、

軍隊は否定されるべき存在であり、

女の方が男より優れた存在であり、

宗教は単なる方便であり利用価値はあるが無いほうが善き世界であり、

愛に外見も性交も関係ないということであり、

機械を使うことによって頭を使わなくなるのは危険であり、

歴史を導いてきた天才や英雄は大衆の救世主に思えても

付随してくる権力は英雄を悪しき堕落へと陥れるということである。

別の言い方をすれば、現在に生きるのは難しく、未来に生きるのは無意味であり、

過去に生きるのは不可能であるということである。

たった一言で語るならば、孤独ということである。

本書には真理が書かれているが、判らない人には判らないのだし、

判ってしまった人には悲しいだけだし、

読んで感動する小説だけど、感動できない方が幸福かもね。

デューンはぜんぜん手をつけてなかったって?

オメデトウ!

いまさら読んでも悲しくなるだけさ。読まない方がいいよ。

それにしてもデューンを読んで泣きあう会を結成したいなァ…

なんてバカな事を思ったのはボクだけだろうか?

ああ、泣いたってどうなるものでもないけど、誰かと一緒に泣きたいよ。

デューンは良かったね、本当に…。