『盗まれた貴婦人』 ロバート・B・パーカー ハヤカワ・ミステリ文庫

スペンサーシリーズ38作目。

17世紀オランダ絵画黄金時代のヘルメルゾーンの『貴婦人と小鳥』が盗まれた。身代金引渡し役の美術史家に依頼されて彼の護衛についたスペンサーだが、取り返した筈の絵は爆弾、美術史家はスペンサーの目前で爆殺されてしまう。

美術史家を雇った美術館に依頼料を返却し、例によって依頼人なしで、己の正義を貫くスペンサーの捜査が始まる。美術にも詳しいパーカーなので、これまでにも美術ネタは沢山あったが、今回はついに本格美術ミステリと思わせて、ありきたりの芸術マンセーにはならない、パーカーの絶妙の捻りが素晴しい。

普通の小説家なら、可哀想な被害者として描写する美術史家が、
捜査の進展につれて、薄汚いロリコン野郎だったと暴かれていく過程が素晴しい。

研究者美術史家として一流の彼は、
教授としては二流大学でゼミも担当していたが、
可能であったのに一流大学で研究に専念しなかったのは、
二流大学のゼミ生の方が軟派しやすかったからである。

彼には教え子全てとセクロスコンプを目指す趣味もあった(笑)
芸術を語る者に猥褻目的の者が多いという見事な真理をついています。

こうくると実は絵画盗難事件はダミーで、
猥褻美術教授を殺すのが真犯人の目的だったとなりそうだが、
もちろん、そんな単純な捻りではありません。

事件はナチスドイツのホロコースト事件にまで遡る、
ヘニング・マンケルの大作のような展開にもなる。

でも、単純なナチス批判はしないのもさすがパーカー。

絶対悪とは何か?絶対善とは何か?
のような哲学的主題を読み取る事も可能だが、
無意味な難解な哲学世界に遊ばずに、
読み易いエンタメとして一流なのがパーカー。

巨匠の実績があるから書けるはずし方で、
新人には絶対書けない(書くのが許されない)傑作。

ちなみにヘルメルゾーンは架空の人物です。
シモン・デ・フリーヘルとフェルメールメンデルスゾーン辺りから
テキトーに名付けたのだろう。