『愛死』 ダン・シモンズ  角川文庫

本書のベストセリフ

ロバート・ハーンズ「地球上の生命はすべて

          偶発的に生まれたものだということがわかっている。

          人間もまた偶然の存在だ。

          だが、人が互いに愛し合うのは偶然ではない。」


①「真夜中のエントロピー・ベッド」
②「バンコクに死す」
③「歯のある女と寝た話」
④「フラッシュバック」
⑤「大いなる恋人」

の五作が収録された長編(!?)集。

シモンズは中篇と主張しているが、

改行のスカスカ版下を組めば、

簡単に250P越えになる濃密な作品ばかりである。

読み応え抜群の傑作集である。
①は実はシェイクスピアネタの保険調査員現代サスペンス小説

②は仏陀を誘惑した悪魔を退治する現代ホラー小説

③はカスター将軍戦死時代よりちょっと前の時代のファンタジー小説

④は2008年に大地震で崩壊したロサンゼルスのその後を描く未来SF小説

⑤は第一次世界大戦時代の戦争小説

この様々な舞台設定に、シモンズの深い思索と、広い教養がスパークし、

めくるめく衒学的世界が展開される。

衒学的と言っても糞のボルヘスと違って、

ギャグと反戦反宗教の思想が満ちているのが、

シモンズの素晴しいところ。

⑤は第一次世界大戦ネタの反戦小説の集大成である。

ヘミングウェイレマルクもマイナーな詩人のネタも

全てぶちこんだ反戦小説の白眉。

①や②ではベトナム戦争批判もやっているが、

ベトナムの苦悩など薄っぺらくて、

文学のネタとしてはWWⅠものに劣るとシモンズは思っているみたいである。

③の主人公はアメリ先住民族のスー族である。

白人は野蛮な侵略者であるという視点が素晴しい。

ハリウッド映画「Dances with Wolves」をボロクソに言っていて素晴しい。

ハイペリオンシリーズにハリウッド映画的なシーンもあったので、

シモンズを誤読していたが、

シモンズはハリウッド的に代表されるアメリカ的なものを唾棄しているように思われる。

アメリカ社会の闇や膿を描くシモンズは、

価値の相対化能力を持った一流の小説家である。

そして文章も多彩で素晴しい。

②はエイズウィルスで悪魔を倒そうとする話であるが、

悪魔とのセクースシーンが、

ハードSFのパロディみたいに面白い。

ちんちんが大きくなった、

ではなくて、

海綿体が膨張し、云々

という医学用語科学用語を駆使した文体は、

セクースを描いた小説でオールタイムベスト10に入る面白さであろう。

ネタバラシが多すぎると危惧する諸兄もいるかもしれないが、

この密度の濃い長編集の前では、

こんなものはネタバラシのうちにも入らないので、

安心して堪能して下さい。

愛死 (角川文庫)

愛死 (角川文庫)