『子産』 宮城谷昌光 講談社文庫

孔子が尊敬していた礼の巨人、子産を格調高く描いた傑作。

上巻で10歳の天才児子産は登場しているが、

例によって上巻の主人公は子産の父の子国である。

春秋時代、大国晋と楚の間に挟まれた小国鄭の悲哀の物語である。

常に大国の顔色を伺い、

晋と同盟したり楚と同盟したりと忙しい鄭国の物語は、

歴史外交物語としてとても面白い。
一年間で五回も同盟相手を変えた、

裏切り国の世界記録(だよな?)所持国の鄭の物語は、

単純な戦争物語にならなくて奥が深くて面白い。

戦場で倒すべき敵軍と遭遇しても、

政府首脳部ではすぐに味方に寝返る秘密外交を展開しているかもしれないので、

戦場で敵と遭遇しても、

本気で戦っていいかどうか、

現場の指揮官は苦悩するのだ。

子産の家は武門の家系で、

父、子国は、初陣でかすり傷ひとつ負わなかった伝説を利用し、

不敗の魔術師として戦功を重ねていくのだが、

勝ってはいけない戦いで勝ってしまい、

上官が苦悩するのがとても面白い。

裏取引が成立していて、

5000人対5000人でテキトーに戦って負ける戦いで、

シナリオ通り綺麗に負けて退却しようと上官は思っていたのだが、

勝って功名を上げたい子国は、

負けたまま退却したくないと、

500人での奇襲を献策する。

敵にも不備があって敵の戦力は8000人に膨れ上がっていた。

500人が8000人に勝てるわけがないので、

負けるシナリオに齟齬は生じないと、

上官は子国の反撃を許可するのだが、

子国は勝ってしまうんだよね。

十六倍の敵にも勝ってしまう子国は、

軍事司令官として天才だが、

国史には、

二十五倍の敵に対しても対等に戦ってしまう楽毅という天才武将がいたので、

子国の天才性は霞むが、

子国は武将としては天才だが、

外交官、内政官としては三流だと自覚していて、

戦功を重ねると軍事司令官以外に、

政治家としての仕事もある宰相まで出世してしまうかもしれないと、

自分の出世を嫌がるのが、魅力的。

能力のない政治家は国と民にとって害であると、

子国は自分の名誉欲より、

国家と民のことを優先したのである。

その徳は息子、子産にも受け継がれた。

内乱で父が戦死した時、

子産は父より君主を第一に助けるのだ。

自分の一族の栄達より、

国と民の幸福を優先したのが、子一族である。

子産には父譲りの軍略の才(戦場では一度も負けない)に加え、

文官としての天才性も持っていた。

10代で全ての史書を暗記し、

現実社会の問題解決に応用する力を持っていた。

過去の文献の文言を出して語るのはよくあるが、

子産は自分の生きている時代に即して、

言い換えて、自分の言葉で語ったのである。

修辞学の祖は子産とも言われる。

時代的に「晏子」親子と活躍の時代が被っているが、

斉の五卿をゴボウ抜きして晏子(父)が莢国を征服するという大功を立てたとき、

この驚異の新人「晏子」という人物の名が中国全土に広まったわけだが、

子産は、25年前に「晏子」の大物振りを看破していたと語られる場面は、

晏子」ファンにはとても感動する名場面である。

国史で一位二位を争う名親子コンビの直接対決が無かったのは残念だが、

晏子」親子を出すことで、子国と子産親子の天才性も伝わる描写は抜群に巧い。

子産は管仲に匹敵すると評価されるが、

日本でマイナーなのは、名前が悪いのが理由だと思うw

政治家として子産の天才性は、

国の法律を最初に明記したことである。

古代の国家にとって、

法律とは支配者のものであり、

民衆に法律の内容を教える必要はなかったのである!

法の穴をくぐる犯罪者が出ないように、

刑法を民衆に教えないのが、支配者の常識であったが、

民のことを真っ先に考えた子産は、

民に告示したのである。

孟子は子産が民思いの人徳者であるという説に異論を唱えているが、

宮城谷昌光は歴史家としての正しい見方で、

孟子の評を見事に反駁しておられます。

孔子儒教は子産の教えを形而下に矮小化したものに過ぎない。

礼に象徴される生きる為の宇宙の真理とはなにか?

子産の真理に基づいた素晴らしい生き方に感動して下さい。

礼儀知らずな野蛮な神の教えはイラネ。 

子産(上) (講談社文庫)

子産(上) (講談社文庫)

子産(下) (講談社文庫)

子産(下) (講談社文庫)