『西洋美術史』??「現代?」 高階秀爾 美術出版社

??現代? 

??a建築――ポストモダンへ向って
シドニーのオペラハウスは良くも悪くも現代建築の豊かな混沌を象徴した存在。
「形態は機能に従う」というのが機能主義の理念であったが、
新しい動向は、「形態は機能を表現する」あるいは「機能を生み出す」、さらには「機能に優先する」という考え方。
過去の様式を自由に取り入れて大胆な形態の組み合わせを見せるポスト・モダンの流れも、その新しい動向を反映している。

??b戦中から戦後へ
文学の実存主義の影響がある。

??c抽象表現主義の波
定規やコンパスによる合理的構成を拒否して、
激しい筆触や強烈な色彩に直に感情表現を狙わせようとする「表現主義的」な熱い抽象の波が来た。
「ターシュ」(色の染み)を多用したために、「タシスム」とも呼ばれた。
アンフォルメル」という名称も、元は「不定型なもの」という意味。
「アクション・ペインティング」も生まれた。
上から絵具を滴らせながら画面全体を覆う描き方で、「行為の軌跡」より
色面の拡がりを重要視する絵は、「色面絵画」とも言われる。

??dネオ・ダダとポップ・アート
抽象表現主義への反発として1950年代の末から登場して来たネオ・ダダとポップ・アートは、
逆に卑俗なまでの日常的現実を改めて芸術の世界に持ち込むこととなった。
だがもちろん、その「現実への復帰」は、かつての再現的写実主義の復活ではない。
ルネサンス以来続いてきた伝統的な写実表現が、三次元の現実世界をそれらしく二次元の画面に再現すること。
つまり現実のイメージ化であったのに対し、ネオ・ダダやポップの芸術家たちが試みたのは、イメージのオブジェ化であった。
ネオ・ダダを代表するジャスパー・ジョーンズは、アメリカの国旗、標的、地図、数字等を主題としたシリーズ作品において、
抽象表現主義に対する正面切ったアンチテーゼを提示した。
これらはきわめて明確な内容を持った具体的イメージであり、日常見慣れた現実的存在であって、
ポロックやスティルの超越的世界とは対照的である。
しかしそれと同時に、これらのイメージが、本来厚みも奥行きもない二次元の存在であることは注目に値する。
ジョーンズは、旗や標的を画面の平面と重ね合わせることによって、
これら平面的なイメージも実は現実的な「もの」に他ならないことを逆に証明して見せた。
時には、その「オブジェ性」を強調する為、いくつもの旗を重ねたり、
地図の色を勝手に変えたりもするのである。
ロバート・ラウシェンバーグは更にオブジェ性を強調する為に、「モノグラム」のような、現実の立体的なオブジェを作品に持ち込むコンバイン・ペインティング(合体絵画)すら試みた。
日常的現実への復帰とイメージのオブジェ化を特色とするポップ・アートはフランスでは、
あらゆるものを集める「アッサンブラージュ」(集合)芸術、
何枚も貼り重ねられたポスターを引き破る逆コラージュ、
名作のパロディをする「ヌーヴォー・レアリスム」(新しい写実主義
などと呼ばれる。

??e空間と運動
視覚効果(オプティカリティ)を徹底的に追求した「オップ・アート」。
モーターなどによる運動や光、音なども取れいれた「キネティック・アート」(動く芸術)。
「ライト・アート」(光の芸術)。
明確な境界線を持つ色面配置や変形カンバスの「ハード・エッジ派」。
幾何学抽象絵画の流れの「ミニアル・アート」等。

??f表現世界の拡大
かつては「フォーヴィスム」、「キュビスム」、「シュルレアリスム」など、主として「イズム」(主義)
によって捉えられてきた美術の流れが、1960年代以降、
「ポップ・アート」、「オップ・アート」、「キネティック・アート」など、
もっぱら「アート」(芸術)という名称で呼ばれるようになってきた意味は、
美術の枠の中での運動を否定し、美術を否定し、それ自体で新しい別の「芸術」を生み出そうとしているのだ。
それらの新しい「アート」のなかには、「ライト・アート」や「ランド・アート」(土地の芸術)のように、
新しい方法や材料を追求しているものもあれば、
「ミニマル・アート」や「コンセプチュアル・アート」のように、
芸術の在り方に問題意識を投げつけるものもある。
現代美術は既に美術であることを放棄した。
わけのわからん現代芸術には当たり外れが大きい。
現代美術に通じる全ての主義の先駆者である、
近代芸術の開祖、世紀の大巨人
フランシスコ・デ・ゴヤ・イ・ルシエンテス
の作品があれば、美術愛好家は一生困らないであろう。
美術の歴史は既に終わった。
美術は死んだ、この世のクソゲー(ジュツ)を見よ。
クソゲーが蔓延り悪の天下だ。
芸術が死んだ証拠だ。
美術は死んだのだ。
ゴヤは偉大な発明をした。
魂を現世で救う芸術を発明した。
観て感動出来なければ全てが無意味だ。
魂が救われない芸術にはなんの価値もない。
ゴヤこそが芸術だ。
ゴヤが世界一だ。