『ローズウォーターさん、あなたに神のお恵みを』 カート・ヴォネガット・ジュニア

本書は漫画「はみだしっ子」ファンの必読書であり、
はみだしっ子」しか感動する物がない人は読んではいけない本でもある。
サーザ・グレアム・ダルトンの謎が本書によってすべて解けてしまうのである。
本書の主人公、エリオット(水樹和佳とは無関係)・ローズウォーターは
改名した後の名であり、
本来なら彼はグレアムと名乗っていた筈なのである。
本書にはアニメやマンガから連想されるSFらしさはまったくありません。
SFファンである主人公がSF大会に乱入して語った言葉の中にあったように、
数少ない経済テーマのSFなのである。
ホットイフの仮定が宇宙人でもロボットでも超能力でもなくて、お金なのである。
もしも、大金持ちが貧乏人に金と愛を与え続けたらどうなるか?
という現実にはありえない事象を自己矛盾なしに展開してるのでSFなのである。
主人公の行為の裏には罪悪感がある。
サーザが愛する叔母を自殺に追い込んだように、
太宰治学生運動の同志を警察に売ったように、
主人公はベトナム戦争で非戦闘員を殺してしまったという
罪悪感が行動原理にある。
罪の意識を負う事件は、サーザも太宰も直接人殺しはしていない。
が、罪を贖おうと二人はジタバタして、さらに死体を増やし続けた。
最初に人殺しをしたエリオットは、それ以後は大衆を救うことが出来た。
単なる純文学とマンガより、
SFマインドが如何に素晴らしいかよく判るであろう。
主人公の行動をSFとはまったく無縁の宗教精神から起因したと
分析したバカな登場人物もいたが、
タイトルも神などを信じてるパープリン女が言ったセリフであるだけで、
本書は宗教小説ではありません。
安心して読んでください。
神はスナック<ニーチェ>で酔っ払いに刺されて死んだってのが一般常識ですよ。


本書のベストセリフ


「ぼくはくそったれな諸君が大好きだ。最近は、きみらの書くものしか読まない。
きみらだけだよ、
いま現実にどんなものすごい変化が起こっているかを語ってくれるのは。
きみらのようなキじるしでなくては、人生は宇宙の旅、
それも短い旅じゃなく何十億年もつづく旅だ、
なんてことはわからない。
きみらのように度胸のいい連中でなければ、未来をほんとうに気にかけたり、
機械が人間をどう変えるか、戦争が人間をどう変えるか、
大都市が人間をどう変えるか、でっかく単純な思想が人間をどう変えるか、
とてつもない誤解や失敗や事故や災害が人間をどう変えるか、
なんてことに注目したりはしない。
きみらのようにおっちょこちょいな連中でなければ、無限の時間と距離、
決して死に絶えることのない神秘、
いまわれわれはこのさき何十億年かの旅が天国行きになるか地獄行きになるか
の分かれ道にいるという事実──
こういうことに心をすりへらしたりはしない」

「才能に恵まれたスズメの屁どもなんて、くそくらえだ。
現実の大問題が、宇宙であり、永劫の時間であり、
これから生まれてくる何億兆もの人間であるというのに、
たった一人の人生のちっぽけな切れっぱしをきめ細かに描いて、
ことたれりとしてるんだからね」

「いよいよ史上最高の皮肉な瞬間がやってきたぞ。
いやしくもインディアナ州選出のローズウォーター上院議員が、
わが子に対してこんな質問をしなけりゃならんとはな。
『おまえは過去現在をつうじて共産主義者だったことがあるか?』」

「そう、ぼくの考えていることは、大多数の人たちにいわせれば、
たぶん共産主義思想ということになるでしょうね。
だってそうじゃないですか、おとうさん。
貧乏人の中で働いていれば、
だれだってときにはカール・マルクスにかぶれずにはいられませんよ
──それでなければ、いっそ聖書にかぶれるかだ。
ぼくはそう思うんですが、
この国の人たちが平等に物を分けあわないのは恐ろしいことです。
こっちの赤ん坊は、このぼくがそうでしたが、
広大な地所を持って生まれてくるのに、
あっちの赤ん坊はなんにも持たずに生まれてくる
──そんなことを許しておく政府は、不人情な政府です。
ぼくにいわせれば、いやしくも政府と名がつく以上、
せめて赤ん坊にだけは公平に物を分配してやるべきです。
それでなくても人生は苦しいのに、
貧乏人はそのうえ金のことで病気になるほど心配しなくちゃならない。
もっとうまく分配をしさえすれば、だれにもたっぷりゆきわたるだけの品物が、
この国にはあるんですよ」

「やっぱり、あのパチンて音がしたんだ。まちがいねえ、あのパチンて音がな」

「なんのことだよ、いったい?」

「ムショにいると、その音の聞き方が身につくのさ」

「ここは刑務所じゃないぞ」

「なにもムショの中に限ったことじゃねえ、ただ、ムシヨにいると、
だんだんいろんな音が耳についてきやがるのさ。
あのパチンて音も、気になる一つよ。
あんたらふたり──あんたはこの大将とほんとにじっこんなのかい?
ほんとにじっこんなら──それはべつにやっこさんが好きでなくたって、
どんな人間だか知ってるだけでいいんだぜ
──そしたら、1キロむこうからでも、あのパチンて音が聞こえたはずよ。
かりにあんたがだれかとじっこんになる。すると、
そいつの心の奥底でそいつをイライラさせているものがあるのに気がつく。
それがなにかってことまでは、わからねえだろうよ。
だけど、そのなにかが、そいつをじたばたさせたり、
そいつに秘密っぽい目つきをさせたりしてるんだ。
そこで、あんたはそいつにいう。
『おちつけ、おちつけ、気楽にしろや』
それとも、こうきく。
『なんでおまえは、いつもいつもおんなじバカをするんだ?
また面倒なことになるのが、わかりきっているのに』
だけど、そいつと議論してもはじまらねえ。なぜって、
そいつを動かしてるのは、そいつの体の中にいるなにかなんだ。
そのなにかが『跳べ』っていうと、そいつは跳ぶ。『盗め』っていうと、
そいつは盗む。『泣け』っていうと、そいつは泣く。
だけど、そいつが若死にするか、でなけりゃ、
たいした失敗もなしに自分のほしいものをぜんぶ手に入れるかしねえかぎり、
そいつの中にいるものが、いずれは止まるときがくる。
ゼンマイの切れたオモチャみたいにな。
あんたがムショの洗濯場でそいつと働いてるとするぜ。
そいつとは二十年前からの知り合いだ。
ところが、そうやっていっしょに働いていると、
急にそいつからパチンて音が聞こえる。あんたはふりむく。
やっこさんはもう働いてねえ。
えらくおとなしくなっちまってよ。まるでバカみてえだ。
まるで優しいんだ。あんたがそいつの目をのぞくと、もう秘密はなくなっている。
しばらくは、名前を聞いても返事できねえぐらいだ。
そのうちにそいつは仕事にもどるけどよ、二度と元通りにはならねえ。
そいつをイライラさせてたもののスイッチが、もうはいらねえんだ。
そうよ、ぶっこわれたんだ!
そいつのいのちの中で、そいつなりのヘンテコなことをやらかしてた部分が、
くたばっちまったんだ!」

「いずれそのうちに、ほとんどすべての男女が、
 品物や食料やサービスやもっと多くの機械の生産者としても、
 また、経済学や工学や医学の分野の実用的なアイデア源としても、
 価値を失うときがやってくる。
 だから
 ──もしわれわれが、
 人間を人間だから大切にするという理由と方法を見つけられなければ、
 そこで、これまでにもたびたび提案されてきたように、
 彼らを抹殺したほうがいい、ということになるんです」