愛知県私立滝高校「ライアー・ライアー・ライアー」瀧源作作(創作)

今回はギャグに走りすぎた感がある。

吉本の芸人よりギャグが面白い滝高校だが、

プロでも滅多にやる人がいない体張った凄いギャグをやってしまい

会場は驚愕の叫びに包まれました。

進学校の筈だが、ここまで芸を見せていいのか?

と逆に心配になるほど凄いギャグをかまします。

プロの劇団でもセリフのみで他人のおかしな行為を揶揄して笑いを取るという劇団があるが、

本当に滝の自分の体を張ったギャグは凄い。

ギャグで掴んで、最後は真面目な問題提起をするのが滝だが、

今回のテーマは、嘘は方便なりうるか?

コミュニケーションを円滑にする為なら、嘘や冗談は許されるのか?

というもので、テーマが演出の構造に隠れてしまい、

訴求性が薄れて素直に感動出来ない。

ラストの方で嘘と真実が、アクロバティックに入れ替わり、

おじさんの頭が演出のスピードに付いていけなくなった。

なんとか芝居が上手く落ちたなと、理解した瞬間、

ラストの一言でまた大逆転する!

あれが嘘であれは本当なら、今のセリフは嘘なのか真実なのか?

などと考えるスピードより早く劇が展開するということです。

あれが嘘だとすると、清純派のヒロインに見える存在が実は、

もっともタチの悪い存在に思えてくる。

ラストの大逆転は無かった方がすっきりして判りやすいのに、

う〜む。あれが本当だとすると、あれの行動動機が見えてこないし、

あ〜、頭痛い。

笑える劇でこんなに難しいのは初めてだ(藁

単純明快な笑える劇と、深く考え込んでしまう難しい劇を両立させるのは、

プロでも滅多にないのに、それを平然とやってしまうので、

滝のレベルはプロの劇団より凄いということだ。

幕間討論会で質問するべきだったと思うが、

上演開始時刻になった時は、私の回りの席は既にギューギュー詰めで、

会場整理員に何度も、「席を詰めて下さい」と言われて、

女子高生のすぐ隣に座る破目になったので、

劇が終わったらすぐ退散しました。

逆側はおじさんおばさんで、彼らもすぐ帰ったので、

彼らの席に座り直して、女子高生との隣接は避ける手もあったが、

「わざわざ座り直して私から遠ざかるとは、私を黴菌扱いしているのか!」

と隣の席の女子高生が気分を悪くするといけないので、

立ったついでに潔く帰りました。

という訳で愛知県大会出場校の審査結果は報告出来ません。

滝は凄すぎて、逆に地区予選落ちするような気もする。

滝が凄いのは有名だから、間違える人はいないと思うが、

知らない人が見たら、なんで高校生の大会にプロの劇団が参加
しているのだ?

とクレームが来ると思う。(藁

プロの劇団より凄いと評する時は、いつもあの劇団名を出していたが、

滝は凄すぎて、比較対照に出すのは、滝に対して失礼なので、

あの劇団名はここでは出さない。

本当に素晴らしいものに出会った時は、下らないものへの怒りも浄化されるものです。

怒りと悲しみに打ちひしがれている人よ、

君を救う芸術は、必ずあるのだ。

絶望してはいけない。

さぁ、一緒にYMCAホテルに行こう!

(結局、ギャグで締めるんかぁ〜〜い!)

スマソ、まだ書きたいことがあった。

この滝の劇、生徒の本名がそのまま役名である。

テーマが嘘ということを考えると、

<嘘の名前=役名>だから、凄く深くて洒落てますね。

劇中で「この名前は両親が○○という願いを込めて付けた」

というセリフがあるならともかく、

ストーリーにもテーマにも関係しないのに、登場人物の名が、

過大に凝っていると白けますよね。

平凡な名前、変な名前にコンプレックスを持っている人間は、

かっちょええ名前に敵愾心すら擁くであろう。

本名=役名なのは、他人を不愉快にさせない為の、

滝の優れた人権感覚の顕れと解釈します。