『ブラック・ハート』マイクル・コナリー 古沢嘉通 訳 扶桑社ミステリー文庫

ブラック・ハート〈上〉 (扶桑社ミステリー)

ブラック・ハート〈上〉 (扶桑社ミステリー)

ブラック・ハート〈下〉 (扶桑社ミステリー)

ブラック・ハート〈下〉 (扶桑社ミステリー)

本書のベストセリフ

モーラ「この世のだれも、自分でいっているとおりの人間じゃないんだ。

     だれもだ。ドアをしめ、鍵をかけて自分の部屋にいるときはな。

     そして、だれも他人のことはわからない。どんなに考えたところで……。

     せいぜい期待できるのは、自分自身を知ることだけだ。

     しかも、ときにはそれがわかったなら、本当の自分がわかったなら、

     目をそむけざるをえないのだ」


“ハリー・ボッシュ”シリーズの3作目。

例によってどんでん返しはあるものの、

本格推理小説としては今回は四つ星。

犯人が犯したミスに偶然の要素が入ったのが惜しい。

もっとも本格ものとしては満点はつけられなくても、

小説としてはほぼ満点。

今回ベッドシーンが多くて正直辟易したのだが、

サスペンス小説として致し方ないことだとは理解出来た。

何といっても、主人公が魅力的なのが、

本シリーズの最高の売りであろう。

被害者に感情移入してしまい、

自分の幸福より、他人の被害者のことに心悩ます主人公は素晴しい。

ハードボイルドとしての白ける銃撃戦がないのも今作の売り。

今回は、リーガルサスペンスである。

殺人者として法廷に立たされるのは主人公。

「幻の女」と同じサスペンス手法だが、

主人公は、自分の無罪の証明より、

進行中の現在の殺人者の捜査に知恵を使うのだ。

力が正義ではない、

正義が力になると信じて、

自分の事よりも、力無き被害者のことを慮る主人公はデラカッチョエエ!

かっこよさ以外に、今作ではニーチェ孫子をネタにした

哲学ギャグも開花してるのが凄い。

作者がかっこつけてペダンチックになっても、

読者は白けるだけである。

文学、哲学、芸術、科学に造詣の深いコナリーだが、

読者が白ける衒学趣味に陥らない書き方がベラボーに巧い。

「わしらはどこさから来たのけ?

 わしらは何者なんだっぺ?

 わしらはどこさ行くのけ?」

という哲学ハードボイルドである。

宗教漫画の最高傑作、諸星大二郎の「生命の木」の名セリフ

「みな、パライソだ行くだ、おらと一緒にパライソだ行くだ」

に通じるものがあった作品。

本当にかっこいい男に痺れたい男はコナリーを読め!